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スペシャル対談 木村敬一・東京2020パラリンピック日本代表×田中晃・WOWOW代表取締役 社長執行役員

パラスポーツが多様性のある未来実現の気運をつくる!

共生社会の必要性と素晴らしさを訴える「パラアスリートの力」

田中社長は2008年の北京パラリンピックの時から木村選手に注目されてきたそうですね。

田中前職のスカイパーフェクト・コミュニケーションズ(現スカパーJSAT)時代で、北京大会からパラリンピックの放送に取り組みました。その時ずいぶん若くて元気がいい選手がいるなと。それがまだ高校生だった木村さんでした。次のロンドン大会では木村さんがメダルを取る姿も放送しています。

木村ロンドン大会でスカパー!に取材をしていただいたことは、今でもよく覚えています。

田中WOWOWに移ってからは「WHO I AM」シーズン3(2018年)で木村さんに出演してもらいました。単身アメリカに渡り、目が見えない、言葉も通じない、友だちもいない環境で金メダルをめざして懸命に努力する木村さんの姿に、現地の語学学校の先生やクラスメートをはじめ、周囲の人たちみんなが勇気をもらえると感謝していましたね。あの番組を見て、選手としての期待感から人としてのリスペクトを感じるようになりました。

木村「WHO I AM」アスリートの一人に選んでいただけたことは、個人的にとても名誉なことで嬉しかったです。「WHO I AM」が伝えようとしているものは、他のメディアと少しアプローチが違って、選手の生活の中に深く入り込み、理解しようとしている感じがします。僕も番組を見て、ダイレクトに僕という人間を見せてくれていると感じましたし、周囲の人からはアメリカでの生活がよくわかったと言われました。そして番組が放映されてからモテはじめました(笑)。

木村敬一

ところで「WHO I AM」プロジェクトは、WOWOWの中でどのような位置づけとしてスタートしたのでしょうか。

田中WOWOWはエンターテインメントを通じて人々の心を豊かにし、生活や人生を楽しくすることを生業としています。そのエンターテインメント文化というのは、多様な価値観が尊重される社会でなければ健全に成長しません。そういうなかで、パラアスリートには多くの人が思い描く共生社会の必要性と素晴らしさというものを、直接的に視聴者に訴えかける力があると私たちは思っています。
ですからこのプロジェクトは私たちにとって、健全なエンターテインメント文化が育っていくために必要な社会貢献活動であり、同時に実業でもあるわけです。

競技者として、木村選手はパラスポーツの意義をどのように感じていますか?

木村僕たちパラアスリートは何かしらの障がいを持っていて、たとえば僕は生まれつき目が見えない状態で生きてきました。でも、障がいのないそれ以外の部分を極限まで鍛えることによって、いくらでもパフォーマンスは上がっていくと信じています。ある意味、パラリンピックはオリンピックよりも、人間に無限に備わっているポテンシャルとか可能性を体現できるものなのかなと思っていて、その可能性の追求に挑んでいます。

WHO I AM 木村選手写真

昨年は「WHO I AM」プロジェクト発の新たな展開として、性別も国籍も障がいの有無も問わない多様な参加者たちが、スポーツの楽しさを感じながら、みんなで体を動かすことのできるユニバーサルなスポーツイベント「ノーバリアゲームズ」も開催されましたね。

田中木村さんにも参加していただきましたが、どの種目も全力疾走。見ているこちらがヒヤヒヤしました。これは“危険な男”だと思いましたよ。

木村あのときは、ただ勝ちたくて(笑)。一般に障がいの有無や年齢、性別を問わず参加できる競技は「アダプテッド・スポーツ」と言われますが、そのほとんどは勝敗にこだわらず、「楽しさ」重視なんです。でも「ノーバリアゲームズ」はアスリートも一般の人も、障がいの有無も関係なく子どもも大人も参加者全員が全力で戦える運動会になっていて、そこに共生社会の可能性を感じました。

田中晃

沈んだ世界を明るくする「歴史的な瞬間」を発信する誇り

東京2020パラリンピックに向けてお二人はどのような思いをお持ちですか?

田中私たちがめざす成果は、どれだけ子どもたちや若者をインスパイアーするかということに尽きます。未来の日本社会をつくるのは子どもたちですから。30年後、50年後に「東京2020パラリンピックをきっかけに、日本がインクルーシブな社会に変わっていった」と語り継がれる大会になってほしい。だから、なにがなんでも開催してもらいたいですね。

木村僕は3つあります。まず金メダルを獲りたい。そこはブレることなく、しっかり準備をしたいと思います。北京2008パラリンピック、ロンドン2012パラリンピック、リオデジャネイロ2016パラリンピックに日本代表として参加し、ロンドンとリオでは銀メダルと銅メダルを獲得しました。そして今回は、まだ手にしていない金メダルをぜひ獲りたい。
2つめは、世界中が元気になるきっかけになってほしい。お祭りとして盛り上がってもらいたいし、僕もその一部として貢献したいです。暗く沈んだ世界を明るくする、その歴史的な瞬間を自分たちの国で迎え、世界に発信できることを誇りに感じています。
そして3つめは、僕は選手であると同時に日本人の一人として大会を訪れる外国の人々をお迎えする立場でもありますから、ホスト役として日本を訪れた人が東京はいい街だった、東京2020パラリンピックはとてもよかったと、いい思い出をつくって帰ってくれるよう努めたいと思います。

バタフライで泳ぐ木村選手

田中選手として今、一番大事にしているのは何ですか?

木村もちろんタイムを100分の1秒縮めることが大事です。そのために単身アメリカに渡り、厳しいトレーニングを続けてきました。僕はもともと後半の「粘り」が課題でしたが、トレーニングの成果で、持久力も強化できたと思います。でも、もっと大きなことをいえば、「死ぬときにいい人生だったと思えるか」だと今は考えています。

田中死ぬときに、ですか。それをどうカメラでとらえるかが、我々に問われていますね。

木村選手が全力で「金メダル」に挑む姿を見たい

東京2020パラリンピックにおいて、この「WHO I AM HOUSE」に込めた思いは?

田中先ほどの30年後、50年後に社会がこうなってほしいという共生社会、インクルーシブな世の中を考えるきっかけをここで掴めたらいいですよね。集まった人たちが交流を通じて志を一つにして頑張っていく、そんな場所になることを願っています。

木村この場に人が集い、共有した思いをみんなが持ち帰って、翌日からそれぞれの周囲に広めていく。その第一歩がここだと思うと、とても感慨深いです。アメリカで暮らしていると、共生とかインクルーシブということがあまり意識することではなく、ごく当たり前なんです。周囲の人たちも障がいの有無を気にすることなく、ごくふつうに私に話しかけてくれます。ですから日本でもここを拠点に、健常者と障がい者が自然にコミュニケーションを取れるようになり、障がいを持つ人もどんどん街に出ていける環境に変わっていくといいなと思います。

最後に、田中社長には二人で話した感想を、木村選手にはこれからの意気込みを一言ずつお願いします。

田中今回お話してあらためて木村さんの人を惹きつける魅力を感じました。来年の東京大会では木村さんが全力でメダルに挑む姿に、世界の人々が心を震わせることでしょう。内なる“危険さ”を発揮し、世界の頂に立ってもらいたい。閉会式の後は「WHO I AM HOUSE」に全員集合して祝杯を上げましょう。

木村ありがとうございます。田中社長はパラリンピックが今のように注目されるずっと以前から社会の常識とぶつかっても、その存在を世間に広めようと動いてくださってきた方で、根源から何かを変革していこうとされる大きなエネルギーをずっと感じてきました。そして今回のお話で、東京2020パラリンピックの先の未来にも、エネルギーを出し続けていかれる方だと感じています。田中社長からいただいたエネルギーをしっかり自分の力に変えて、目標達成に向けて頑張ります。

田中社長木村選手2ショット写真
パラリンピック・ドキュメンタリーシリーズ WHO I AM - これが自分だ!という輝き -

(「WHO I AM」シーズン5は2021年放送予定)
WHO I AM 公式サイト
WHO I AM 公式 Twitter & Instagram:@WOWOWParalympic #WhoIAm
WHO I AM PROJECTサイト

対談者プロフィール

  • 田中晃

    田中 晃(たなか・あきら)
    WOWOW代表取締役
    社長執行役員

    1979年、日本テレビ放送網に入社後、「箱根駅伝」、「野球中継」など数多くのスポーツ番組の制作を担当。編成部長、メディア戦略局次長を経て、2005年、スカイパーフェクト・コミュニケーションズ執行役員常務。その後、スカパーJSAT取締役執行役員専務を経て、2015年、WOWOW代表取締役社長に就任。

  • 木村 敬一

    木村 敬一
    (きむら・けいいち)

    2歳の時に病気のため視力を失う。小学4年生から水泳を始め、単身上京した筑波大附属盲学校(現・筑波大学附属視覚特別支援学校)で水泳部に所属し、着実に力をつけ頭角を現す。ロンドン2012パラリンピックで銀・銅1つずつのメダルを獲り、前回のリオ2016大会では日本人最多の銀2つ銅2つのメダルを獲得した。

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